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神戸地方裁判所 昭和50年(ワ)747号 判決 1976年5月27日

原告 岡坂庄五郎

被告 井上正己

主文

一  被告は原告に対し金三〇〇万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決の第一項は、原告において金一〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金一、六八六万九、四七四円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外渡辺健は、昭和二六年九月二五日以前より被告から別紙物件目録中一記載の土地(以下本件土地という)を賃借し、本件土地上に同目録中二の1ないし4記載の建物(以下本件建物という)を所有していた。

2  原告は、昭和二六年九月二五日右訴外渡辺健から本件建物の所有権ならびに本件土地の賃借権の譲渡を受けた。

3  ところが、被告は、右賃借権の譲渡を承諾しなかつたので、原告は、借地法一〇条に基づき昭和四九年八月二六日内容証明郵便で被告に対し、本件建物を時価で買取るべき旨の意思表示をし、右郵便は、翌二七日被告に到達した。

4  原告が右買取請求権を行使した昭和四九年八月時点における本件建物の時価は金一、六八六万九、四七四円である。

5  よつて、原告は被告に対し、本件建物の右代金一、六八六万九、四七四円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  第1、2、3項の各事実は認める。

2  第4項の事実は争う。

三  抗弁

1  原告は被告から、本件建物につき建物収去土地明渡請求事件(神戸地方裁判所昭和四四年(ワ)第六四九号)を提起され、同裁判所において、本件建物を収去して本件土地を明渡すことの判決を受けた。原告は右判決を不服として控訴(大阪高等裁判所昭和四八年(ネ)第六三六号)、上告(最高裁判所昭和四九年(オ)第一二二〇号)したが、右判決部分につきいずれも棄却された。

原告は、それらの訴訟において、買取請求権を行使せず、敗訴判決を受けたものであるから、もはや買取請求権を行使し得ないというべきである。

2  かりに前項の主張が容れられないとしても、原告の買取請求権は、被告が賃借権譲渡の承諾を拒絶した昭和二六年一二月六日から一〇年を経過した時点をもつて、時効により消滅している。

四  抗弁に対する認否

1  その1について

原告と被告との間に被告主張のような訴訟のあつた点は認めるが、その余の点は争う。建物買取請求権は、前訴でこれを行使しなかつたことにより喪失するものではない。

2  その2について

すべて争う。被告が賃借権譲渡の承諾を拒否したのは、原告に対し前記建物収去土地明渡請求事件(同庁昭和四四年(ワ)第六四九号)を提起した昭和四四年五月二〇日であり、また買取請求権の消滅時効は二〇年である。

第三証拠<省略>

理由

一  訴外渡辺健が昭和二六年九月二五日以前被告から本件土地を賃借し、本件土地上に本件建物を所有していたこと、原告が昭和二六年九月二五日右渡辺健から本件建物の所有権ならびに本件土地の賃借権の譲渡を受けたこと、被告が右賃借権の譲渡を承諾しなかつたこと、原告が昭和四九年八月二七日到達の内容証明郵便で被告に対し本件建物を時価で買取るべき旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告の右建物買取請求権に対する被告の抗弁について判断する。

1  抗弁その1について

しかし、借地法一〇条の建物買取請求権は、その行使により当事者間に建物の売買契約が成立したのと同一の法律効果を発生させるものであつて、すなわち、建物買取請求権は、取消権やその他の抗弁権と異なり、相手方(地主)の主張する権利に内在する瑕疵ではなく、一つの独立した権利であるから、その要件が具備し、かつ時効消滅にかからない限り、相殺と同様、その行使に時期的制限がなく、建物収去土地明渡請求訴訟の口頭弁論終結後においても、その訴訟判決の既判力に遮断されることなく、これを行使できるものと解するのが相当である。原告と被告との間に被告主張のような訴訟が係属し、原告の本件建物買取請求権行使は、確定判決のあつた右訴訟の口頭弁論終結後になされたものであること当事者間に争いがないが、その行使が許されること右説示のとおりであるから、この点の被告の抗弁は理由がない。

2  抗弁その2について

建物買取請求権は、形成権の一種に属するが、それが特定人に対して行使すべき権利である点において、債権と同様であるから、その消滅時効は民法一六七条一項により一〇年であり、また、その起算点は、建物買取請求権の行使が可能となつた時すなわち、賃借権ないし転貸を承諾しないという土地所有者の意思が建物譲受人に明らかになつたとき、時効が進行するものと解すべきである。

ところで、被告は、昭和二六年一二月六日原告に対し、本件土地賃借権譲渡の承諾を拒否したと主張するが、これを確認するにたる証拠がない。かえつて、成立に争いのない乙第二号証の一、二、甲第四号証の二、同第五号証の一ないし三を総合すれば、原告は昭和二六年九月二五日渡辺健から本件建物の所有権を取得したが、右渡辺は、右所有権の取得を争い、昭和二七年ごろ原告を相手方として神戸地方裁判所に対し本件建物の所有権確認並びに登記抹消請求訴訟を提起し、昭和二六年四月から同二七年二月までの本件土地の賃料を被告に支払い、実質上の所有者として行動していたこと、原告は、本件建物の所有権移転登記後から、たびたび被告方を訪れ、本件建物の所有権を取得したから本件土地の賃借権譲受の承諾をしてほしい旨被告の母訴外井上知子に申し入れたけれど、同女が、原告の訴外渡辺との間の前記本件建物所有権紛争や、また原告と右建物賃借人との間で新たに生じた賃料紛争などをおもんばかつて言葉をにごし、原告に対する確答を避けていたので、原告は、被告側において右承諾をなしていたものと考えていたこと、しかし被告自身は、本件建物の所有権がなお渡辺にあるものと信じ、渡辺との間の本件土地賃貸借契約をそのまま維持して同人あるいは、同人に代行した前記建物の賃借人から本件土地の賃料を受領し、その受領を昭和四四年三月末まで続けていたものであること、そして、原告と渡辺との間の前記訴訟が原告の勝訴判決となり、本件建物の所有権が原告に帰属することが確定したのち、被告は、昭和四四年五月三〇日原告を相手方とし神戸地方裁判所に本件建物収去土地明渡請求訴訟を提起(当庁昭和四四年(ワ)第六四九号事件)したことが認められ、右認定事実によれば、被告は昭和四四年三月末まで原告、渡辺健間の本件土地賃借権譲渡そのものを認めていなかつたのであり、原告はその承諾を受けたものと考えていたのであるから、原告において本件建物の買取請求権を行使することができなかつたものといわなければならず、被告が右借地権譲渡あることを前提にその承諾を拒否したのは、原告に対し同年五月三〇日前記建物収去土地明渡請求訴訟を提起した以後であつて、その以後、原告において本件建物買取請求権の行使が可能となつたというべきである。しかして、原告が被告に対し本件建物買取請求権を行使したのは、右認定の昭和四四年五月三〇日から一〇年を経過していない昭和四九年八月二七日であるから、被告の時効の抗弁は理由がない。

以上の次第で被告の抗弁は、いずれも理由がない。

三  そこで進んで、昭和四九年八月二七日当時における本件建物の時価について検討してみる。借地法一〇条による建物買取請求権が行使された場合における建物の買取価格は、建物が現存するままの状態における価格であり、その算定には、建物の敷地の借地権そのものの価格は算定すべきではないが、建物の存在する場所的環境を参酌すべきものであり、そして右場所的環境とは、要するに、建物自体の価格のほか、建物およびその敷地、その所在位置、周辺土地に関する諸般の事情を総合考察することにより決するものと解すべきである(最高裁昭和四七年五月二三日第三小法廷判決、判例時報六七三号四二頁参照)。

これを本件についてみるに、前記甲第四号証の二、鑑定人山岸達也の鑑定に弁論の全趣旨を総合すると、昭和四九年八月二七日現在における物理的な本件建物自体の価格が金九〇万円であること、本件建物の所在場所の交通は多少不便であること、本件建物の周辺は古くからの小規模住宅の多い地域であること、本件建物および敷地は木造二階建住宅用地であり、本件建物は建築後五〇年を経過し相当老朽化したものであること、本件建物の敷地面積は六八三・〇七平方米であるが、建築面積は三二三・一四平方米に過ぎないこと、原告は昭和二六年九月訴外渡辺健から貸金一〇万円の譲渡担保のため本件建物を取得したものであり、その当時における本件建物の時価は金三五万五、〇〇〇円相当であつたことがそれぞれ認められ、以上諸般の事情を考察すれば、昭和四九年八月二七日現在における本件建物の価格は金三〇〇万円をもつて相当と認めるべく、この認定に反する鑑定人山岸達也の鑑定中場所的利益部分は理論的根拠に乏しく採用しない。

そうすると、原告の前記建物買取請求権の行使により、被告は、昭和四九年八月二七日付をもつて本件建物の所有権を取得するとともに、原告に対しその代金三〇〇万円を支払う義務があるものといわなければならない。

四  しからば、原告の請求中金三〇〇万円の支払部分は正当として認容すべきも、その余の部分は失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九一条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 広岡保)

(別紙)物件目録<省略>

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